総合トップSS一覧SS No.6-012
作品名 作者名 カップリング 作品発表日 作品保管日
無題 954氏(22スレ目) エロ無し 2006/10/12 2006/10/13

「ねぇ〜ん」
 酔っているな、とすぐに感づける妖気が満ちた色気ある声だった。しかし、これがいつもどおりの声、
とも考えうることが、彼女が対象なら可能だろうか。小さな手のひらの中でグラス越しの赤ワインがゆらりと揺れて、
液体がポトンと跳ね上がると、自分の心臓までも丸ごと抉り取られるように感じた。
 負けず劣らず。こちらも相当酔いが回っている。瞳に照り輝く光がトロンと炎のように揺らぎ、紫色の底に堕ちて
いくようと思えたが、実際堕ちているのは、俺の方か、光のほうか。
「ちょっとぉ〜
「……なんだ?」
 自分の名を呼ぶ唇が桜色に鈍く光っている。今までそこにじっとりとくっついていた口紅は、大半がワイングラス
の淵に移り変わり、残りはワインの中か、体の中か。どちらにせよ、厚い唇の緩やかな動きに、横目で凝視してしまう。
 だが、ハッと気づいて”ハロルドの方”を見ると、思わず噴出したとでも言う風にクスクスと笑い出す。
「あんたって、隠さないわね〜」
 俺を使って遊んでいるだけ。何を企んでいるのか、じぃっと見られる事が、苦痛であり、でも嬉しさともなって頭の
奥底を叩くのだが、全てを早すぎる二日酔いのせいにしたかった。
 体がぼぉっとサウナに入ったかのように熱くなる。
 やがて真っ赤にするだけで止まった俺の表情に見飽きたのかどうか、ハロルドはプイとテーブルの方を向き直して、
テーブルの上にドンと盛られたフルコースの数々に目をやると、どれがいいかと悩んだ挙句、結局は選んでいた全てを
自分の皿に盛りだした。一枚のお皿には、チキンにサラダ、フルーツにパンと、見た目には心苦しい配色が並んでいる。

今日の夜遅くになって、ようやく俺達が担当していたプロジェクト
……、ハロルド以外の者達から名づけられた通称『サンデイワンスモア』の開発チャート
が終了した事を告げると、そっと食堂の方々が俺たちに向けて貴重な天然食料を駆使して
フルコールを調理してくれた。本当、この世界では異例の対応だ。
 実際に単なる設定として扱われていた時は、この世界の事など戦争時の、しかも最終決戦
前後しか扱われていなかったから、それ以外の事について考えることも少なかったが、考え
てみれば、この世界に日光は無いのである。照らす事もあるとはいえ、それはほんの些細な
事で、とても頼れる代物ではない。当然農産物関係などは人工的な地下農地によって作られ
ているがその生産量などたかが知れており、大体の民衆は普段栄養剤等のみで食を賄っているのだ。
 そうすれば、普段見ていた何気ない野菜たちがいかに高級品で、フルコースなんてどれほ
どの価値がある事か。
 ハロルドはそれを聞くやいなや、私室内のテーブルの上だけは光の速さでピカピカのツヤ
ツヤに仕上げ、照明も実験時に使う間接照明に布をかぶせて「らしい」具合に光を調節させながら、
彼女独特の雰囲気に仕立て上げた。
 おかげで、彼女の私室兼ラボは、決して周りの壁を凝視しない事を条件にすればまるでバーにいるような暖かい空気に包まれて、
ここ最近の疲れを、いる場所は同じだというのにサァッと流してくれるよう。

 食事を勧めながらも、俺達は今後の活動について雑談扱いで話していた。
幸い、ネタは尽きない。
 音楽も空白を潰すための映像も必要なかった。どちらかが喋ると、片方は
何かを食うか相槌を打つかは必ず行う。設備は整った、後は実行するだけだ
とか、実行する時の人員はどうするとか、今でも工事が進められているドー
ム型庭園の様子はどうかななんて。明日にでもまた様子を見てこようかと提
案すると「いいわね」と満足げに鼻を鳴らす。
 気楽になったもんだ、と、話を普通にしている自分を遠くから見て思う。
 つい最近までは、彼女との会話、一言一言が綱渡りをしているような緊張
の糸を通り抜けて口から出していたというのに。彼女に嫌われぬよう、どこ
かへ棄てられぬようとフィルターを通していた言葉も、今ではスラスラと表
に出てくる。こうして自分から誘ってみても、思いついてから話すまでに至
ったタイムは最短記録だっただろう。
 つまりは、そう。そういう事。俺達はもう、そういう事を考えなくても良
い事になったんだ。なあ?
「知らないわよ」
 振ると突然に赤らめていく頬が、レンズ灯の橙色の照明で余計に強く感
じる。それが、俺に対しての思いの結果なのだと思うと背中辺りをくすぐら
れたように嬉しくなって、思わずその頬に人差し指を軽く押し込んだ。
 悪戯にプゥと空気で膨らんでいた頬が、心地良い弾力で弾き返してくる。
「……ム〜」
 最近分かった事だが。
 ハロルドが実験実験と自分から一方的に相手へと近づくのは”それだけ
しかできない”からで、こうして受けて側となると予想以上に対応が下手
になる。昔、彼女が幼い頃はむしろ引きこもりがちというか、どちらかと
言えばいじめられ側だったという話もなんとなく頷ける。受けるのが下手
だから、むしろ自分から攻め込む事で今のような明るさを持てたのであろ
うが、そういった根本的なところは、直せないのかどうか。いずれにせよ、
そこらへんがたまらなく可愛い。

 いじめられていた、と聞くが、実際のところはそうではなく、ただ単にい
じられていただけではないかとも思ってしまう。誰でも、目の前で自分の行
動に対しこんな反応を示してくれたら、彼女を構いたくなるに違いない。
 子犬かなにか小動物のようなクルンとした印象が、無性にいじらしい。
 ああ、酔ってる。
 無理やりにこみ上げてくる笑みを抑え、彼女の名誉の為にもここはやめて
おこうと、そこからしばらくは食事のみの時間が続いた。なにせ、こんなに
味覚を刺激する料理が今度はいつ食べれるかどうか、わかったもんじゃない。
 5分も経てば、先ほどまでの怒りはどこへやら、ハロルドの顔はまたいつ
ものような無邪気な明るさへと戻った。
「あー、おいしーわ♪ そうね、もしプロジェクトが成功したなら、まず畑
を作りましょう、畑♪」
「畑って、地下にもあるでしょう」
「いいえ、このあたりぜ〜んぶ畑。果樹園なんかもいいわね。牛さんや豚さ
んものびのびと歩けるような場所がいいわぁ」
 まあ一応とは思い、そんな大地にハロルドが佇んでいる姿を想像するも、
緑と青だけで染められた景色にいる赤系統の塊は、酷く浮く。なんと現実離
れと呟きたくなる。が、こういった想像が地上軍全体のプログラムとなるの
だからやりきれない。実質、言葉だけは軽率というか軽いけれど、まあ、考
えてみればそれはそれで、理に叶った”プロジェクト”ではある。
 このラディスロウも、ソーディアン達も、元を辿ればこういった彼女の幻
想の中から現実に引き出されてきたものである。そう考えると、彼女がいか
に好奇心旺盛で、行動に移す力があるかを肌で実感する。
 そこまで考えてまた振り向くと、ハロルドがじぃっとこちらを見つめてい
た。ああ、そういえば。
「……、うん、俺も好きだな、そういう場所。いいね」
「うんうん、そうっしょそうっしょ?☆」
 返答をずっと待っていたのだろうか。俺が呟くと、それほどの事でもなか
ったはずなのにパァッと彼女の顔に花が咲くようだった。俺が共感した事へ
の、純粋な喜び。ただそれだけをここまで誇大表示してくれると、かえって
照れくさい。
いつもの、確かに周りの言うような奇妙染みた行動も多々あるが、こういう
普通の女の子すぎる一面を見るたび、胸がバクンと張り裂けそうになる。
 ああくそ、こいつは本当に何も考えずにこんな事をしているのだろうか。
 また何かしてやろうか、と思い思わず右手をグッと握りだす自分に気づき、
自分の感情がむきだしなままな事に気づく。確かに、むきだしにしてももういいかもしれない。
 が、いつも以上に、表に出そうとしている事は、少し異常ではあった。
 酔いが進む。
 そして、この酔いに全てを任せてしまおうとかとまで考えている自分がいる。
 視界には、こじんまりとした可愛い彼女が、一人。


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